うつ病(鬱病)Depression
西洋医学的な”うつ病(鬱病)とは・・・”
うつ病とは、気分の沈滞や気分の減退などの精神症状に加え、食欲低下・不眠・疲労感などの身体症状を伴う心の病です。年々うつ病を有する人は増加傾向にありますが、入院を必要とするような重症患者は減少している一方で、軽症のうつ病が増加しています。特徴としては、若年化傾向で軽症であり、身体の様々な症状を訴え、神経症の症状を呈し、慢性化しているようです。国民の約15人に1人がうつ病に掛かった経験があり、その4分の3は医療機関を受診していないといわれています。
また、WHOが行った5大陸の14カ国のプライマリー・ケアの医療施設での調査では、来院患者の10.1%がうつ状態の基準を満たしたと報告しています。日本でも一般内科の受診者の少なくとも5~6%、あるいはそれ以上がうつ状態にあると報告しています。
うつ病の原因は下記のとおりです。
①内因性
何らかのうつ病になりやすい素因や性格があり、そこの精神的なストレスや過労などの身体的ストレスが加わって発症する。
②心因性
肉親の突然死、挫折、苦悩、人間関係のトラブル、病気による悩みや不安などの心理社会的要因により発症する。
③身体因性
脳血管障害などの身体の病気や薬の副作用などの身体的要因により発症する。
うつ病の症状は下記のような症状があります。
【気分の障害】
抑うつ気分 | 「気分が沈む」「憂うつ」「物悲しい」「何もないのに泣ける」などの表現で訴える。全てが憂うつで悲哀に満ちたものになる。 |
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喜びや興味の消失 | 「むなしい」「皆が楽しいのに自分は笑えない」などの表現で訴える。喜びや興味が消失し、感情が乏しく、物事は空虚なものになる。 |
不安・焦燥感 | 不安や焦燥感が非常に強く、些細なことが気になり、じっとしていられず、身の置き場がなくなる。 |
希死念慮 | 「もう生きていても仕方がない」「生きていては家族や周りの人に迷惑をかける」などの表現で訴える。全てが絶望感に満ち溢れている。 |
【意欲の障害】
精神運動抑制 | 「やる気が出ない」「やらなければいけないのにできない」などの表現で訴える。気持ちがあっても身体が付いていかない状態である。活動性は低下し、何事にも無気力で、能率が低下し、時間ばかりかかる。人に会うこと、話をすること、食事をすることさえ億劫でできないときもある。 |
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【思考の障害】
思考過程の障害 | 「考えが進まない」「どうしていいかわからない」「決められない」(思考停止)などの表現で訴える。考えの発想・展開が遅々として進まず、同じことを繰り返し考え、不安で一杯になり、小野ごとが進まず、決定困難な状態となる。 |
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思考内容の障害 | 全てがマイナス思考になり、悲観的、自責的、自己を過小評価する。些細な身体不調を重い病気と考える「心気妄想」、過剰に自責的になり、深刻に物事を判断して責任を取ろうとする「罪業妄想」、現実的には金銭的に問題がないのにもかかわらわず、必要以上にお金について心配する「貧困妄想」などの微小妄想がうつ状態の三大妄想といわれている。 |
【身体症状】
自律神経症状 | 不眠(入眠困難、早朝覚醒など)、動悸、めまい、耳鳴り、呼吸困難、息切れ、易疲労感、発汗、四肢・顔面部のほてりなど |
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内科症状 | 食欲不振、るい痩、体重減少、口渇、便秘、尿意頻回、性欲減退、頭痛、頭重感,月経不順など |
運動器症状 | 肩こり、痺れ、筋肉痛など |
では、通常の憂うつとうつ状態の違いは何でしょうか?通常の憂うつな気分も治療を必要とするうつ状態も、気分が落ち込んだ状態になることは変わりはありませんが、下記のようにうつ状態の方が通常の憂うつよりもより強い落ち込みに見舞われます。
うつ状態の強さ | 【うつ病】 ひどくふさぎ込み、時には妄想的でさえある。 【通常の憂うつ】 程度は弱く、現実からかけ離れるほどではない。 |
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うつ状態の持続時間 | 【うつ病】 2週間以上、うつ状態が続いている。 【通常の憂うつ】 憂うつな日もあれば、そうでない日もある。 |
うつ状態の変化 | 【うつ病】 喜ばしことがあっても、気分が良くならない。 【通常の憂うつ】 喜ばしいことがあると、気分がいくらか良くなる。 |
日常生活の変化 | 【うつ病】 それまでのような生活を送ることができない。 【通常の憂うつ】 それほど変化はない。 |
趣味などに関する感心 | 【うつ病】 関心が失せ、取り組んでも集中できず、却って疲れる。 【通常の憂うつ】 取り組んでいるときの方が気が紛れる。 |
対人関係 | 【うつ病】 人と会うのを嫌がる。 【通常の憂うつ】 人と会っているときの方が気が紛れる。 |
1日内の気分の変化 | 【うつ病】 朝は気分が悪く、夕方になると良くなるケースが多い。 【通常の憂うつ】 それほど変化はない。 |
自殺企図 | 【うつ病】 自殺願望を持つことが多く、実際に命を絶つ人が少なくない。 【通常の憂うつ】 実際に自殺をする人は少ない。 |
うつ病になりやすい性格あるいはうつ病の誘因とはどのようなものがあるでしょうか。うつ病になりやすい性格には次のようなタイプが挙げられます。
循環気質 | 社交性、親切、陽気、ユーモアがある、緩慢と活発の亜波動的気質 |
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執着性性格 | 仕事熱心、凝り性、徹底的、率直、律儀、几帳面、強い義務感と責任感 |
メランコリー親和型性格 | 強い秩序愛、他者への過度の配慮、几帳面、良心的、強い義務感と責任感、強い道徳感 |
うつ病には、誘因がある場合とない場合がありますが、誘因となる出来事には、男性と女性では少し異なるようです。男性では仕事や人間関係が関連したことが誘因になりやすく、女性では家庭性機能に関連したことが多くなるようです。また、近親者の病気や死亡、一般的な精神的なストレス、身体疾患などは男性も女性も共通して誘因となります。
では、うつ病はどのように診断し、どのような治療方法があるのでしょう。
うつ状態のスクリーニング法としてSDSやBDIなどがあり、身体疾患の場合はHADSという方法が適切と言われています。下記の問いは、アメリカ精神医学会の診断基準であるDSM-Ⅳ-TRによる診断方法になります。
A.以下の症状のうち5つ以上が同じ2週間以内に存在し、病前の機能からの変化を起こしている。
①その人自身の言明(例:悲しみまたは空虚感を感じる)が、他者の観察(例:涙を流しているように見える)によって示される、ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分
②ほとんど1日中、ほとんど毎日の、すべてまたはほとんどすべての活動に対する興味、喜びの減退(その人の言明または他者の観察によって示される)
③食事療法をしていないのに、著しい体重減少、あるいは体重増加(例:1ヶ月で体重の5%以上の変化)またはほとんど毎日の食欲の減退または増加
④ほとんど毎日の不眠または睡眠過多
⑤ほとんど毎日の精神運動性の焦燥または制止(他者によって観察可能で、ただ単に落ち着きがないとかのろくなたという主観的な感覚でないもの)
⑥ほとんど毎日の易疲労性または気力の減退
⑦ほとんど毎日の無価値感または過剰であるか不適切な罪悪感(妄想的であることもある。単に自分を咎めたり病気になったことに対する罪の意識ではない)
⑧思考力や集中力の減退または決断困難がほとんど毎日認められる(その人の言明によるまたは他者によって観察される)
⑨死についての反復的思考(死の恐怖だけではない)。特別な計画はないが反復的な自殺念慮、自殺企図または自殺するためのはっきりした計画
B.躁病または軽躁の基準を満たしているような症状がない。
C.症状が、臨床的に著しい苦痛を引き起こしている。あるいは、社会的、職業的または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
D.症状は、物質(例:乱用薬物、投薬)の直接的な生理学的作用または一般的身体疾患(例:甲状腺機能低下症)によるものではない。
E.症状は死別した後の「うつ」の場合は、正常は悲しみの範囲を超えていること。
例えば「職場や家庭で仕事が手に付かない」「以前は楽しんでいた活動が楽しめない」などの症状が2ヶ月以上続く著明な機能不全がある。精神病性の症状(妄想など)がある。
うつ病の基本的な治療には次の4つがあります。
①休養
うつ病の治療では薬物療法などと並行して、十分な休養をとることが大切です。責任感の強い性格の人は、仕事を休んだり家事をやらないことは悪いことだと思い、なかなか休みを取ることに対して抵抗感を抱きがちですが、心身ともに強いストレスがかかっている状態では、十分な治療効果は期待することはできませんので、場合によっては入院というのもひとつの選択になります。
②薬物療法
抗うつ薬 | 脳の中のセロトニンやノルアドレナリンという物質の働きを高めて、「抑うつ気分を取り除いて気分を高める」 「意欲を出させる」「不安や緊張、焦燥感を取り除く」などの効果をあらわします。 |
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抗不安薬 | 不安を静める働きがあります。うつ病の症状に加えて不安や焦燥が強い場合や不眠がある場合に、抗うつ薬と一緒に飲むことがあります。 |
睡眠薬 | なかなか寝つけない」「ぐっすり眠れない」などの睡眠障害の症状があるときに処方されます。 |
③精神療法
医師との対話や様々な交流を通じて、自分の性格や考え方の傾向、なぜうつ病になったかということを理解して、そうならないようコントロールできるようにしていきます。また、再発を防止するために、うつ病の症状がかなり良くなり、社会生活が営めるようになる頃に精神療法を行うことも大切です。 その他、物事のとらえ方や考え方をうつ病につながらない方向へ変えるサポートをする「認知療法」や、行動に目標を設定し達成感が得られるようにしていく「行動療法」、人間関係がうつ病になるきっかけになっている場合に、その問題が解決できるようにサポートする「対人関係療法」など、様々な治療法があります。
④経頭蓋磁気刺激法(TMS)
うつ病の患者のうち薬物療法などで治らない患者の脳機能を検査したところ、上の図のように前頭葉にあるDLPFC(背外側前頭前野)というエリアが活動していないことが分かりました。そのDLPFCというエリアに磁気刺激を与えることで、血流を改善し活動を活性化させたところ、うつ症状が改善したという報告がなされるようになっています。
その治療法が経頭蓋磁気刺激法(TMS)といわれる治療法で、特別な磁気刺激治療器を使い、左側前頭部を磁気刺激してDLPFCを活性化させていきます。まだ日本では認可されていない治療器ですので、保険診療では受けられず自由診療になっていますが、日本でもこの治療器を導入してうつ病治療をしている医療機関が増えてきています。
東洋医学的な”うつ病(鬱病)”とは・・・
東洋医学では、うつ病を”鬱証”といいます。感情や情動の変化などが肝の疏泄機能を失調し、気が鬱滞して起こると考えます。この鬱証には、抑うつ気分、情緒不安定、胸苦しい、疼痛、怒りっぽい、よく泣く、喉の詰まった感じ(梅核気)、不眠などの症状があります。西洋医学のうつ病や神経症などがこの鬱証に該当しています。
鬱証には、実証タイプと虚証タイプがあり、下記のような特徴があります。
A.実証タイプ
精神的な緊張・情緒の過度の変動(イライラや怒りなど)
①肝気鬱結タイプ
【原因】
精神的な緊張・情緒の過度の変動(イライラや怒りなど)によって肝の疏泄機能が失調し、気の流れがうっ滞し気が滞って発症する。
【症状】
精神的な抑うつ、情緒不安定、よくため息をつく、胸苦しい、痛みの部位は一定しない、食欲不振、腹部の不快感や膨満感など
②気鬱化火タイプ
【原因】
肝気鬱結の状態が長期にわたって改善さらないと滞った気が熱を帯びて、熱の症状を引き起こすとともに、頭部に上昇し頭部の症状を引き起こす。
【症状】
イライラ、怒りっぽい、胸苦しい、口が渇く、口が苦い、頭痛、目が赤い、耳鳴りなど
③気滞痰鬱タイプ
【原因】
肝気鬱結の状態が進む、または過度の思慮、労倦により脾を損傷し、脾の運化機能が悪くなることのより痰湿を形成し、痰湿が脈絡に阻滞することによって気機を著しく傷害する。
【症状】
喉の詰まった感じ、胸苦しい、脇腹が痛むなど
うつ病(鬱病)のタイプ別治療方法
【基本治療】
自律神経失調症は、全身の様々な不定愁訴、症状が現れる疾患ですので、その不定愁訴の改善を中心に治療し、全身の調整をしていきます。
基本治療以外は、タイプ別に下記のような治療をしていきます。
A.実証タイプ
精神的な緊張・情緒の過度の変動(イライラや怒りなど)
①肝気鬱結タイプ
【原因】
精神的な緊張・情緒の過度の変動(イライラや怒りなど)によって肝の疏泄機能が失調し、気の流れがうっ滞し気が滞って発症する。
【症状】
精神的な抑うつ、情緒不安定、よくため息をつく、胸苦しい、痛みの部位は一定しない、食欲不振、腹部の不快感や膨満感など
②気鬱化火タイプ
【原因】
肝気鬱結の状態が長期にわたって改善さらないと滞った気が熱を帯びて、熱の症状を引き起こすとともに、頭部に上昇し頭部の症状を引き起こす。
【症状】
イライラ、怒りっぽい、胸苦しい、口が渇く、口が苦い、頭痛、目が赤い、耳鳴りなど
③気滞痰鬱タイプ
【原因】
肝気鬱結の状態が進む、または過度の思慮、労倦により脾を損傷し、脾の運化機能が悪くなることのより痰湿を形成し、痰湿が脈絡に阻滞することによって気機を著しく傷害する。
【症状】
喉の詰まった感じ、胸苦しい、脇腹が痛むなど
B.虚証タイプ
思い悩む、心労、または長期にわたっての精神的な緊張・情緒の過度の変動
①心神失調タイプ
【原因】
悩みや心労、また長期にわたっての精神的な緊張・情緒の過度の変動によって心気や営血を損傷すると心神失養となり発症する。
【症状】
精神不振、情緒不安、悲しんだり泣いたりする、あくびをする、不眠など
②心脾両虚タイプ
【原因】
過度の心労や思慮、久鬱により脾を損傷し、そのために気血の生成が悪くなり、心神失養になることによって発症する。
【症状】
くよくよする、臆病になる、動悸、不眠、物忘れ、顔色がさえない、食欲不振など
③肝腎陰虚タイプ
【原因】
心脾両虚の状態が長期に続いたり、長期の病気や長期の病後などで陰液が消耗することにより腎陰虚損となり、そのために腎陰が肝気滋養できなくなり、肝血が不足することにより陰虚内風となり発症する。
【症状】
怒りっぽい、めまい、動悸、不眠、胸苦しい、腰膝がだるい、月経不順など
うつ病(鬱病)のタイプ別治療方法
【基本治療】
うつ病の鍼灸治療は、通常の憂うつや日常生活に支障のない軽症のうつ状態が適応になります。本人や周囲の人が見え日常生活に支障のある場合は、専門医による治療と併用して鍼灸治療をすることになります。
基本的には、身体症状を改善、全身症状の改善、抑うつ気分の改善することを中心として、心身の不定愁訴に対してアプローチしていきます。
また、当院では経頭蓋磁気刺激法(TMS)の考え方を応用して、DLPFCの領域に対して鍼通電治療を行います。頭部には多くの経穴がありますので、その経穴のうち、左前頭部のTMS刺激ポイントに刺鍼をし、パルス通電をしていきます。1~2Hz程度の低頻度の刺激を15~30分程度通電します。鍼治療に不慣れな方の場合は、このDLPFC領域の鍼通電治療だけを行います。
薬物療法で効果の出ないうつ症状に対しては、頭部の血流改善を目的として、DLPFCに対する鍼通電治療に加え、スーパーライザーによる星状神経節照射を実施し、頭部の血流を改善していきます。
基本治療以外は、タイプ別に下記のような治療をしていきます。
肝気鬱結タイプ | 【疎肝理気法】 肝・胆経の経穴を刺激することのよって疏肝をはかり、これに加えて最も気になる身体症状の改善を目的とした経穴を加えていく。治療経穴は、期門、陽陵泉、支溝、足三里、足臨泣、太衝など。 |
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気鬱化火タイプ | 【清肝瀉火法】 疏肝をはかるとともに心の火を鎮め、脾胃の機能を健やかにする。これに加えて最も気になる身体症状の改善を目的とした経穴を加えていく。治療経穴は、肝兪、巨闕、足三里、期門、太衝など。 |
気滞痰鬱タイプ | 【理気化痰法】 疏肝をはかるとともに痰を除き、これに加えて最も気になる身体症状の改善を目的とした経穴を加えていく。治療経穴は、天突、肺兪、膻中、上髎、内関、豊隆、肝兪、太衝など。 |
心神失調タイプ | 【益気養心法】 心を養って精神を落ち着かせる。これに加えて最も気になる身体症状の改善を目的とした経穴を加えていく。治療経穴は、通里、心兪、三陰交、内関、神門、足三里など。 |
心脾両虚タイプ | 【補益心脾法】 心と脾の気を補い、脾を健やかにするとともに精神を落ち着かせる。これに加えて最も気になる身体症状の改善を目的とした経穴を加えていく。治療経穴は、神門、三陰交、足三里、脾兪、心兪、章門、太白など。 |
肝腎陰虚タイプ | 【滋腎平肝法】 腎陰を補い、虚熱を改善し精神を落ち着かせる。これに加えて最も気になる身体症状の改善を目的とした経穴を加えていく。治療経穴は、三陰交、神門、心兪、腎兪、太谿など。 |
治療期間と周期
全身症状の改善を目的とした全身治療の場合は週1回を基本として、精神症状を確認しながら治療をしていきます。DLPFCに対する鍼通電治療のみ場合は、週2回程度を基本として、適宜スーパーライザーによる星状神経節照射を行っていきます。病院に通院している場合は、専門医との連携を取りながら、適宜、症状を確認し、治療を進めていきます。
1クール3ヶ月として、下記のような目安で治療をしてきます。
1クール目は不快な症状がある場合は、その症状を取り除く治療を中心に行います。(標治期間)辛い症状が改善した以降は、うつ症状の状態を確認しながら、日常生活がスムーズに行えるように改善しつつ、再発しないように体質改善を徹底的に図ります。(本治期間)
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